せん妄ケアを考える

術後せん妄ケア

せん妄かどうかにとらわれない

みなさんは患者や家族から「せん妄とは何か?」と問われるならば、どのように答えるでしょうか。知識があれば、DSM-5やICD-10のような診断的定義に当てはまる状態であると説明するかもしれません。おそらく、みなさんの中ではなにがしか、せん妄に対するイメージがあるのではないでしょうか。そのイメージは、同じ職場の人々のように、現場で実際に生じていることを共有している者の間では共通して認識できているように感じるかもしれません。
しかし、それを患者や家族とも共通して認識できるように、あらためて言葉で説明するとなると、勝手が違うのではないでしょうか。
せん妄は形に表せるものでもなければ、数値として示せるものでもありません。みなさんのイメージしているせん妄を言葉にすると、他の同僚がイメージしているものと異なってくるかもしれません。
イメージには、感情が伴うことがあります。せん妄に対する「医療者が困る病態」というイメージは、そのまま「嫌な患者」というような感情を引き起こすこともあるかもしれません。

みなさんは、せん妄の予防や早期発見、症状の改善は大切であると考えていると思います。
では、みなさんの目の前の患者がせん妄であると判断される場合にはどうするでしょうか。主治医に報告し、薬物療法の開始が検討されるかもしれません。しかし、薬物療法はあくまで対象療法であり、それを行えばせん妄でなくなるということはありません。場合によっては逆に、薬物療法が原因となってせん妄が増悪することもあります。

せん妄のために患者さんが「自分で自分の安全が守れない」と判断される場合には、抑制を行って安全の確保を行うかもしれません。
しかし、抑制を行ってもせん妄でなくなるということはありません。場合によっては逆に、抑制が原因となってせん妄が増悪することもあります。

せん妄は、例えば「腫瘍」のように、取り除ける類のものではありません。したがって、薬物療法のような治療は、精神活動を鎮静化することはできても、精神活動の中から「せん妄」だけを取り除くようなことはできません。
せん妄とはヒトの精神活動の産物として生み出されるものであり、絶えず変化する精神状態の中での「特異な状態」であるといえます。これまでに多くの人が、この特異な状態を「患者アウトカムの悪化につながる症状」としてとらえ、「せん妄の原因を特定し、取り除く」ことを目指した研究をしてきました。しかし、せん妄の原因は多岐に渡り、何が原因かを特定することは難しく、何かひとつの原因を取り除いても症状が改善されるとは限りません。

私たちはこの「取り除く」ことを目指したアプローチではなく、「状態を変える」ことを目指したアプローチがせん妄ケアとして重要であると考え、研究を行っています。「状態を変える」ためには、患者が「せん妄かどうか」ではなく、患者が「どのような状態にあるか」という視点でアセスメントをすることが求められます。

 

術後精神機能という考え方

せん妄を起こすかもしれないというような患者に対して「どのような状態にあるか」という視点でアセスメントをするために、私たちは精神機能に注目しています。
精神機能は、脳という臓器を基礎としてもたらされる心的世界を構成するための役割を果たしていると考えられます。
術後せん妄は、「術前には日常生活に支障のない精神機能を保持していた方が、手術を契機として精神機能の低下をきたし、その結果として発症した精神症状である」といえます。
術後に低下した精神機能は、身体機能の回復に伴って術前と同レベルに改善していきます。
私たちは、このような術後急性期に特有のダイナミックな変化を伴う精神機能を「術後精神機能」というあらたな概念として位置付けています。
私たちは「術後精神機能」という考え方から「術後せん妄」をとらえ直すことによって、普段のケアでは見落としがちな事実が認識しやすくなると考えています。

 

術後精神機能を通してとらえる術後せん妄状態

術後精神機能という概念に基づいて「術後せん妄」をとらえた場合、それは取り除くべき症状ではなく、変化させることが可能な一連の回復プロセスの中でのひとつの「状態」として取り扱われます。
言葉として表現するならば、術後せん妄とは「術後精神機能が著しく低下したときに、医療者と状況の認識を共有することができず、患者独自の認識に基づいて、医療にはそぐわない行動を示す状態」であるということができます。

普段のケアにおいて見落としがちな、とても重要なことは、術後せん妄として観察される患者の行動は、医療にはそぐわなくても「患者本人の認識にはそぐう行動」であるということです。
つまりは、医療者が術後せん妄としてとらえる患者の行動は理解不能なものではなく、患者が持つ認識を正しくアセスメントすることよって理解が可能なものであり、その認識を変化させることによって患者の行動も変化させることができるということです。

 

せん妄ケアの方向性

私たちは今、術後精神機能という新しい考え方を通して、せん妄ケアのあり方を検討しています。
1つの方向性として「いかに速やかに術後精神機能が低下した状態から術前の精神機能の状態へと回復させることができるか」ということを目指したせん妄ケアを模索しています。
また、もう1つの方向性として「いかに適切に患者本人が抱いている認識をアセスメントし、患者アウトカムの悪化を招かないような行動へと変化させることができるか」ということを目指したせん妄ケアを模索しています。

術後精神機能の変化のプロセス

術後せん妄を、「術前には日常生活に支障のない精神機能を保持していた方が、手術を契機として精神機能の低下をきたし、その結果として発症した精神症状である」として捉えた場合、そこには手術前、手術後、回復後の3時点の時間軸を通した経時的な変化が存在します。

手術前の精神機能とは、まだ手術侵襲が加わっていない、日常生活を営むことができていた時点の精神活動状態を意味します。例外として、重度の心不全など術前の状態がすでに精神機能に重大な影響を及ぼすような病態が存在する場合には、そのような負荷が加わっていなかった頃の状態を想定します。

手術後の精神機能とは、手術中の麻酔が終了し、意識の回復が可能な状況となったときの精神活動状態を意味します。通常、せん妄の生じるリスクが高い大きな手術中の精神活動は、全身麻酔によってほぼ抑制されます。そのような精神活動がゼロの状態から、麻酔覚醒が促され、精神活動が再開していきます。この、麻酔覚醒が果たされた直後の精神活動状態を手術後の精神機能と想定します。

回復後の精神機能とは、術後の身体回復が促進され、自発的に日常生活を営むことができるようになったときの精神活動状態を意味します。当事者自身が「もとに戻った」と感じることができる状態を想定します。

この3時点の精神活動状態を線で結ぶと、✔点のような形のグラフになります(図1)。つまり、術後精神機能は、日常生活を営むレベルの状態から、麻酔によって一度ゼロとなり、麻酔覚醒に伴って再開し、そこからゆっくりと時間をかけて再び日常生活を営むレベルへと回復するというプロセスを持っています。このプロセスを経時的な観察を通して評価し、患者に備わる精神機能そのものを強めていくようなケアこそが「せん妄ケア」ではないかと考えます。

精神機能の回復プロセスと術後せん妄

私たちが食道癌術後患者を対象とした調査において、術後精神機能は、術後1日目、2日目、3日目と術後日数の経過に比例して着実に回復していくことがわかりました。術後せん妄を起こしたグループと術後せん妄を起こさなかった通常のグループとの比較において、せん妄を起こしたグループは麻酔覚醒後の精神機能が有意に低く、経時的な回復でも有意な遅延が生じていました。術後せん妄の多くは、術後3日目以内に発生しており、術後精神機能が低い時期に好発すること、一方で、同様に精神機能が低下していても、術後せん妄を起こさない人もいることがわかりました。

これらのことから、麻酔覚醒後の術後精神機能が低下している時期の苦痛をいかに低減させることができるか、またいかに術後精神機能の回復をスムーズに促進させることができるか、が「せん妄ケア」において重要であると考えることができます。

術前の認知機能や術後合併症の影響

術前に脳卒中など神経認知障害の既往が認められた患者は、通常の患者との比較において、麻酔覚醒後の精神機能が著しく低下し、回復に遅延が生じていました。詳しい分析をした結果、通常の患者と比較して情報処理能力の回復に遅延が生じていることがわかりました。

また、術後経過において合併症を併発した患者は、経時的な精神機能の回復途上で、再度精神機能を低下させていることがわかりました。詳しい分析の結果、通常の患者と比較して生理学的指標の回復が遅延していることがわかりました。

これらのことから、術前になんらかの脳のダメージがある場合、麻酔覚醒後の情報処理能力が重度に低下することを踏まえたケアを行うこと、また、順調な回復の途上で再び精神機能の低下が生じる場合、合併症に代表されるような2次的な身体負荷が生じていることを想定して、原因の検索を行うことが「せん妄ケア」において重要であると考えることができます。

このような影響は、例えば加齢に伴う脳機能の低下や、過度の離床ケアに伴う身体負荷の増強でも術後せん妄のリスクが増強することを意味しているといえます。

看護師が実践しているせん妄モニタリング

せん妄のモニタリングについてインタビューをした結果、看護師はアセスメントツールを用いた定期的なモニタリングを【記録としての取り組み】や【抑制などの措置を行う根拠】と捉え、その結果を【実際には合わないこともある】や【一概にケアと結びつかない】と認識していました。

また、看護師はせん妄に伴う困難として【ケアが届かなくなる】【被害を及ぼす者と認識される】【行動制限せざるを得なくなる】といったケア提供者としての自分が揺らぐ経験を挙げ、患者がせん妄へと至らないように【患者の顔つき】【感覚的な気づき】【訴えの一貫性】といった実践的な指標を通して、患者の過ごし方の変化をモニタリングしていることがわかりました。そして【日常感の演出】や【対人的な関わり】【患者の訴えをヒントにしたケア】といったケアを展開し、【眠れるようになる】【楽になったという言葉を聞く】【生活が整う】といった患者の過ごし方の改善にケアの効果を感じていました。

研究を通して、看護師はガイドラインが推奨するようなアセスメントツールを用いたモニタリングを客観的な記録として捉え、自分が感じる患者との対人的つながりの変化を通して、せん妄症状のモニタリングを行っていることがわかりました。このような看護師が実践している日常的な観察事項を客観的指標にできるようなツールを開発し、ケアへとつながるせん妄モニタリングを普及していくことが重要だと考えています。

日常ケアの前後における精神機能のゆらぎ

せん妄は、日内変動のように表現される短時間の変動性を特徴とします。このような変動性は「さっきまでは普通に話していたのに・・・」というようなアセスメントのズレを看護師にもたらします。

術後抜管後の食道癌切除術後患者行動観察を行い、看護師が患者に日常ケアを実施する場面とその前後の状態を記述した結果、自分にとっての【持続可能な精神機能レベル】で過ごしている患者は、看護師のケアに対して【ケアの負荷に対応するための精神機能レベル】へと一時的に精神機能を向上させ、ケア終了後には【休息するための精神機能レベル】へと低下させていることがわかりました。我々はこのようなケアの前後における精神機能の変化を「ゆらぎ」と表現しています。精神機能のゆらぎは、ケアの負荷が高いほど振幅が大きくなり、ケア後の揺り戻しで大きく低下した精神機能は回復に時間がかかることがわかりました。

看護師はケア場面を通して、一時的に向上させている精神機能を患者の状態として評価する傾向にあります。変動する精神機能を正確に評価するためには、持続可能な精神機能レベルであるケア前の患者の状態に着目することが重要であるといえます。また、ケア後の揺り戻しによって生じる精神機能の低下は、チューブの自己抜去のような一時的な自己コントロールの消失に伴う事故にもつながりやすくなるため、注意が必要です。

トップへ戻る