せん妄ケアを考える

せん妄ってどんなこと?

ヒトが備えている精神の活動は、例えば「寝ている状態」から「起きている状態」のように変化します。
このような変化は「寝ている/起きている」というような単純なものではなく、その人がどのような状況に置かれているのか、その人が何をしようとしているのか、によって絶えず変わります。例えば、知らない場所に移動しなければならないような場面では、些細な情報も取りこぼさないようにしようとして精神の活動が活発になりますし、無事に目的地までたどりついて一息つけば「ボーっとした感じ」となり、精神の活動は緩慢になります。他にも、騒がしい雑踏のような場所では比較的活発となり、静かで落ち着いた場所では緩慢となります。
基本的に精神の活動が活発になれば、より多くの情報を外から得られるようになり、活動が緩慢になれば得られる情報は少なくなります。

精神の活動が緩慢な状態では、外から得られる情報が少なくなる分、「自分が思ったり感じたりしていること」に関心が向きやくなります。
例えばピクニックなど、公園の芝生で日向ぼっこをしているようなとき、ボーっとしながら考え事にふけるような感じにならないでしょうか。その場では関係ないことを思いついたり、いつもは気づかない太陽の暖かさや風の爽やかさを感じたりすると思います。
しかし、ボーっとしていても遠くからボールが飛んで来たらびっくりして、精神の活動が活発となり、周囲の状況を確認したりすると思います。

せん妄は、薬剤や高熱、命に関わるような大けがなど、体に影響を及ぼすような原因を引き金として、精神の活動が緩慢なままになってしまう状態です。公園で日向ぼっこをしているときにボールが飛んできても、せん妄の状態では精神の活動が活発にならないので、周囲の状況を確認することができず、自分がわかる「びっくりした」という情報だけで判断するため、不測の情報は推測で補うようになり、例えば「何者かに攻撃された」のように考え、「慌てて逃げる」といった行動をします。
周囲の人々は「何者かが攻撃している」と考えているとは想像もつかないですから、話が合わなくなり困ってしまいます。また、皆さんが夢で見た内容を覚えていないのと同じように、せん妄となって体験したことはあまり覚えていない場合が多いため、その場ではわかってくれたように見えてもわかっていないことも多くあります。

このように聞くと、認知症の症状と似ているように感じる方も多いのではないでしょうか。実際にせん妄の症状と認知症の症状は似ているといえます。せん妄は、何らかの原因によって一時的に生じたものであり、精神活動が高まれば周囲の状況を確認することができるようになります。
認知症は、ヒトの脳が持つ機能そのものが低下して、日常的に周囲の情報を取り込んで判断する力が弱まった状態であるといえます。
せん妄であれ、認知症であれ、その人がどのような気持ちで、どのようなことを考えて、何をしようといているのかに関心を持ち、わかってあげようとすることが一番の「せん妄ケア」です。

手術を受ける患者さまへ

ここで書き綴っている内容は、これまでに私の研究に協力してくださった、実際に命を懸けるような大手術を受けてこられた方を観察し、お話いただいたことをもとにして、手術を受けた体験について、私の言葉で説明したものです。

手術を受けることは、あなたの病気をよくするために、外科医が体にメスを入れるということですが、それは体に大けがを負うということでもあります。大きな手術を受けた後は、大けがで崩れた体調を整えるために、手術が終わってからも麻酔をかけ続けてしばらく休んでおくことがあります。そのような場合、麻酔から目覚めるときに頭がボーっとして、寝ぼけたような状態が数日の間続きます。私は、そのようなボーっとした状態のことを「精神活動の低下」と表現しています。
ボーっとしてしまう理由は麻酔の影響以外にもいろいろと考えられますが、一番の理由は「大きな手術を受けてできた傷によるしんどさ」そのものであると考えられます。これは、インフルエンザにかかって高熱となり、ボーっとしてしまう感じと少し似ています。このような状態は手術による傷が回復するにつれて少しずつよくなっていきます。

大きな手術を受けるときには、夜も眠れなくなるくらい、いろいろな心配を抱えながら手術室に向かう人も多くいます。手術を受ける前には、全身麻酔が施されて意識を失い、自分が知らない間に手術が終わり、しばらく経ってから目覚めることになりますが、場合によっては日付が変わってしまっているということもあります。

手術が終わったことについては、麻酔から目覚めれば医師や看護師、家族などが口々に教えてくれますが、ボーっとしていて実感がわかないので、信じられない気持ちになる人もいます。また、覚えていることは手術室に入ったところまでなので、ボーっとしている時期には、自分がどこにいるのか、今が何時頃なのか、自分がこれからどうなっていくのか、はっきりとはわからなくなることがあります。まれにですが、よくわからない間に、本当なら口にしないようなことを口走ってしまったり、何かと勘違いして医療用の管をひっぱってしまったりすることもあります。

このようにボーっとして周囲の状況がはっきりとわからなくなるのは、とくにおかしなことではありません。大きな手術を受けた人であれば誰でも多かれ少なかれそのような経験をします。逆にいえば、あなたはそれだけ大変なことを受け入れて、乗り越えようとしているということです。ただ、傾向としては、若い人よりはご年配の人の方がボーっとする時期が長く続きやすくなります。

大切なことは、そのような状態は必ずよくなるということです。もちろん、もともとの状態よりも頭がはっきりとするというようなことは考えにくいですが、体調が整い、傷が癒え、リハビリが進めばどんどん元に戻っていきます。医療者は、あなたが少しでもはやく良くなるようにと、全力で助けてくれます。

だんだんと周囲の状況がわかるようになると、あらためて自分が大変なことになっていることにも気づきます。体中にいろいろな管が入っていて、少し動いただけでもあちこちに痛みが走り、急に息苦しい気分になったり、体が熱くなったり寒くなったり、体がふわぁっとして浮き上がっているような感覚になるという人もいます。ボーっとしている間は、自分が寝ているのか起きているのかもよくわからず、時間の進み方が遅くなります。数時間の経過を数日のように感じる人も多いです。

看護師がわかりやすい場所に時計を置いてくれても、あまりにも時間の経ちかたが遅いので、人によっては時計が壊れているような気持ちになる人もいます。自分はもう駄目なんじゃないかと話される人もいましたが、管が1本抜けて、2本抜けて、と少しずつ身軽になり、気づけば音楽を聴いて気分転換していたり、おしっこの管がなくなってトレイに歩いていけるようになっていたり、昨日よりも今日、今日よりも明日と「日にち薬」でよくなっていきます。そして、いつの日か退院を迎えることになります。

ご家族の方へ

病気になられたあなたの大切な人が手術を受けた後、「なんだかいつもと違う」と感じることがあるかもしれません。一生懸命にねぎらいの言葉をかけても無関心だったり、逆に妙にこそばゆくなるような感謝の言葉をかけられたり、場合によっては怒りをぶつけられたりすることもあります。せっかく忙しい仕事の合間をぬって面会に駆け付けたのに、「早く帰れ」といわれてしまうこともあります。

手術を終えて数日の間は、あなたの大切な人は精神活動を高めたくても高められず、熟睡中に目覚まし時計がなって目を覚まそうとする途中のような状態が続きます。ボーっとしてわけが分からず、視界はぼやけ、体もうまく動かず、いろいろと話しかけられても内容が頭に入ってきません。
すぐに疲れてイライラしてしまい、怒りっぽくなったり、無関心になったりします。

こちらとしては、無視されているような気持になったり、会話の内容がかみ合わないのでとても心配な気持ちになったりします。痛いとかしんどいとか気弱な発言も多くみられます。体をさすってほしいとお願いされるかもしれません。あなたの大切な人は本当に大変な状態で、痛くて、苦しくて、死んでしまうんじゃないかと不安な気持ちになりながら、なんとかして元気になりたいと考えています。もちろんわかっているつもりでも、そばにいるとあまえているようにも感じますし、腹が立ったりするかもしれません。

手術を受けた大切な人のそばにいると、家族であるあなた自身も、本当に元気になるんだろうか、と心配な気持ちになります。高熱が出たり、息苦しそうに見えたり、モニターから絶え間なくアラーム音が聞こえてきたり、急にたくさんの医師や看護師が患者のそばに来て何かを始めたりすることもあります。丁寧に説明をしてもらっても頭によく入ってこないということもあります。

患者さんを見ていて思うのは、医師に話すこと、看護師に話すこと、ご家族に話すこと、その内容が違うということです。医師が病室に来ると、なぜかシャンとして丁寧にあいさつをしたりします。そして医師が病室から出ていくとしんどい表情に戻り、お小言をこぼし始めたりします。患者さんにとってご家族は、最も弱みが見せられる存在で、甘えられる存在です。

ご家族であるあなたが行うべきことは、まず元気でいることです。きちんと十分な睡眠や食事をとり、風邪をひかないようにして、心細い思いをしている大切な人が望んだときにきちんとそばにいることができる準備を怠らないことです。実際には、文句ばかり言われて腹が立つかもしれませんが、医者や看護師にはいえない愚痴を聞いてあげるのも大切な役割だと思います。

医師や看護師は、どうしても治療環境を守ることを最優先とします。なぜなら、手術とは、病気をよくするために体にメスを入れて大けがを負わせるということであり、治療上必要な大けがを負わせた者として、状態のすみやかな回復をもたらすことが求められるからです。
ときに、治療環境を守ることと、あなたやあなたの大切な人がその瞬間に望むこととの間にはギャップが生まれることがあります。例えば、体が取り込む酸素を補うために口に当てているマスクが気になって休めないというときに、酸素を送り込むための他の方法も検討されますが、酸素療法を中止することはできません。そんなときにあなたがそばいることによって、あなたの大切な人が抱えるストレスが解消されるかもしれません。

最初は天井ばかり眺めていたのが、周囲を見渡すようになり、生返事ばかりだったのが、きちんとあなたの顔を見て話すようになり、ベッドの背もたれを高くすることも嫌がっていたのが、いつのまにか歩けるようになり、だんだんとあなたの大切な人は元気になっていきます。大切な人が元気になってこられたら、家に帰ってきた後のことも考えなければなりません。看護師がいろいろと大切なことを教えてくれますので、相談しながら準備していくことになります。

まれにですが、あなたの大切な人が元気になる途中で、周囲の状況がよくわからなくなって、点滴を引っ張って抜いてしまったり、わけのわからないことを口走ったりと、あなたが見ていてとても心配な気持ちになってしまうような状況になることがあります。そのような状態を医療では、術後せん妄と呼んでいます。術後せん妄になると、頭が混乱して怖い思いをしたり、望ましい医療を受けにくくなって手術からの回復が遅れたりすることがあります。ただ、ご家族であるあなたに知っておいてほしいことは、決してあなたの大切な人がわがままになったり、おかしくなったりしたということではなく、手術を受けた結果として、わけがわからなくなってしまうくらいにしんどい状態になったということです。

いつもきちんとしている人ほど、術後せん妄になると心が傷つきます。よく、せん妄になったときの出来事は「覚えていない」といわれますが、何もかもを覚えていないというわけではなく、後から聞いたことも含めて、「自分はなんてことをしてしまったんだ」と落ち込むこともあります。誰も好き好んでそのような状態になるわけではありません。なぜそんなことになるのかと理由を聞かれたときに、ひとつだけいえること、それは手術を受けたからです。その手術は病気を治療するために必要なことであり、あなたの大切な人は決死の覚悟でそれを受け入れて、元気になろうと頑張ります。そのさなかで、どうしようもなく体がしんどくなると、精神の活動が緩慢になって、それでもあふれ出てくる不安や恐怖、耐え難い痛みが、端から見ればおかしく見える行動や言葉となって現れます。

あなたの大切な人のそばにいるご家族がつぎにできること、それは、あなたの大切な人がとても苦しい思いをしながら頑張っていることを、そしてとても怖い気持ちをしていることをわかってあげることです。どこが痛むのか、何が心配なのか、ゆっくりと聞き、一言、「大丈夫だよ」と声をかけるだけでも、それが誰でもないあなたの言葉であれば、きっとどんな薬よりも効果があると思います。そして、なんとかそのつらい時期を脱することができれば、きっとあなたの大切な人は順調に回復して、笑顔を見せてくれると思います。

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